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人口 マルクスは『資本論』の研究対象外の問題としたため、人口についてのまとまった見解を残していないが、『資本論』や晩年の諸ノートの記述から人口についての認識を再構成することは可能である。『資本論』では、剰余価値論において、次世代再生産的必要労働(次世代労働力の養育と養成)を含む必要労働と剰余労働との対立関係を分析し、未来の剰余労働基盤(次世代再生産的必要労働)と現在の剰余労働との対立関係の存在を明らかにする一方、他方では、「それ[必要労働]は資本とその世界にとって必要である。なぜなら、労働者の永続的な定在は資本とその世界との基礎だからである」と指摘し(『資本論』T新日本出版、368)、労働者の人口再生産とその増大を「仮定」しつつ、資本蓄積論を展開している(『資本論草稿集』C、大月書店、294)。次世代再生産的必要労働と剰余労働との対立関係を人口再生産的矛盾と呼べば、人口再生産的矛盾の克服は剰余労働の持続的搾取関係としての階級関係の再生産に不可欠の条件とされている(『資本論』T、293、977)。 この問題は資本主義的生産様式のみの問題ではない。階級社会において、次世代再生産的必要労働を含む必要労働と剰余労働との対立関係が存在するかぎり、人口再生産的矛盾による現在の剰余労働搾取と未来の剰余労働搾取との矛盾が存在しており、この矛盾の克服は剰余労働搾取関係の永続的再生産すなわち階級関係の再生産に不可欠の条件である。 マルクスは最初の階級社会としての奴隷制にかんして、土地や家族をもたない動産奴隷ではなく、土地を占有し、家族を構成し、次世代再生産的必要労働を担う土地占有奴隷を奴隷制の基本的階級として捉えており(『資本論』T、1298、同V、1414、『資本論草稿集』H、599−600、中村1977)、これは披支配階級の人口再生産を階級関係再生産の基礎として捉えているためである。この見解は、人口再生産視点を欠如したエンゲルスの動産奴隷を中心とした奴隷制論(『家族、私有財産および国家の起原』、『反デューリング論』)とは異なることに留意する必要がある。 マルクスは『古代社会ノート』で、氏族制を解体して成立する家父長制的土地占有にもとづく一夫一婦婚家族を、奴隷制・農奴制的階級関係を形成する「縮図」として、階級的両極分解の基礎的要因として捉える見解を示すとともに、この家父長制的土地占有(個人的土地領有)を「原始的共同社会」の最終段階としての「農耕共同体」の構成要素に導入している(『全集』補巻第4巻、291―282、『全集』第19巻、390)。家父長制的一夫一婦婚制度は氏族制的土地共有と氏族制的保護を解体することにより、女性に婚姻と家長の子どもの出産を強制し、病死や戦死の損失を超えて次世代を再生産することを強制する制度である(『全集』補巻第4巻、315、462、465)。この制度が奴隷制と農奴制の再生産的基礎になっているという認識がマルクスの階級認識であり、このような性差別的生殖強制によって人口再生産的矛盾が階級的に克服され、剰余労働と次世代再生産的必要労働との両面的強制が実現されると捉えていたと言える(青柳2010)。 マルクスは資本主義の人口再生産問題については、『資本論』の中で一箇所だけ触れている。それは労働者階級の最貧困層の多産について、「貧困は出産にとって好都合で〔さえ〕あるように思われる」というスミスの指摘を引用しつつ、前資本主義社会には存在しないような「不合理」な資本主義的人口「法則」として特徴づけている部分である(『資本論』T、1100−1101)。ここには貧困層の多産が強制されたものであるという現実認識がある。現代の生殖様式の歴史的研究は、19世紀の中絶禁止法体制の下で高所得層の病院での高額違法中絶の普及と貧困層の安全な中絶条件の剥奪という生殖様式の社会的格差を明らかにしており(ポッツ他1985、131)、マルクスの現実認識の妥当性を実証している(青柳2010)。 イギリス近世社会は17世紀中葉以降から18世紀20年代まで長期の人口停滞期であった。この時期の人口停滞は家父長制的土地占有関係から脱落したプロレタリア的下層階層の少産化(消滅)と中・上層階層の多産(下層階層分出)とによって人口再生産が均衡していたが、18世紀30年代以降にこの均衡が破れ、土地占有関係から脱落したプロレタリア的下層階層の多産化により不可逆的な人口増加が進行した。この過程は、婚前妊娠率、私生児出生率、早婚の連動的急増とそれと連動する普通出生率の急増によって進展したものであり、この連動的変化は生殖管理(出生コントロール)の社会的困難化を示している。これは18世紀に進行した伝統的生殖管理(薬草利用中絶や産婆中絶等)にたいする国家的抑圧(男産婆=産科医の監督による産婆中絶の排除)の結果であり、資本主義に独自な性差別的生殖強制としての女性の伝統的生殖(管理)権剥奪の結果である(青柳2004、青柳2008)。 1970年代の先進資本主義から開始された少子化(再生産基準以下の低出生率化)は、不可逆的に進行し、2007年現在、少子化は世界人口の43%を占める諸国にまで広がっている(河野2007、110)。これは資本主義的生殖強制制度としての生殖権剥奪体制とそれにもとづくジェンダー差別制度(性別賃金格差等)の相対的弱化の結果である。現代社会には近世社会におけるプロレタリア的階層と同様、人口再生産的矛盾が再び出現している。先進資本主義社会における少子化の程度は、福祉制度の相違によって異なるが、剰余労働(剰余価値)搾取が存在するかぎり生活防衛的少子化は不可避である。この少子化の歴史的意義の全面的解明のためには、前近代社会を含めた生殖(人口再生産)様式の歴史的・理論的研究は急務となっていると言える。 (青柳和身)
〔参考文献〕 青柳和身2004『フェミニズムと経済学』御茶の水書房 ――――2008「資本主義と人口再生産様式―本源的蓄積論の再検討を中心に―」基礎経済科学研究所編『経済科学通信』No.118 ――――2010「晩年エンゲルスの家族論はマルクスのジェンダー認識を継承しているか(3・完)―生産様式論争のジェンダー的総括―」『岐阜経済大学論集』第43巻第3号 河野稠果2007『人口学への招待』中央公論新社 中村哲1977『奴隷制・農奴制の理論』東京大学出版会 ポッツ、マルコム他1985『文化としての妊娠中絶』勁草書房 |